初詣のお守りは毎年頂くもので、返納は元のお社以外ダメって本当?

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hatsumoude
初詣お守り毎年頂くのは作法なのでしょうか?

私は本職ではありませんが、なんとなしお守りは一年たったら返納して、新しく頂くべきという考え方が一般的な気がします。

個人的には、その考え方に違和感を持っています。何故って、お守りというからには「一生肌身離さず大切にするものなのでは?」という気持ちが強いからなんです。

もっと言うなら、「その期限って神様や仏様の決め事ではなく、人間が設定したものじゃないの?」なんてうがった見方もしてしまうのですね。

なので今回はお守りに関する通説に私の実体験を添えて、お守りについて考えて見たいと思います。

通説に従うのか、実体験を信じるのかはアナタ次第です^^。

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初詣でお守りは毎年頂くもの?

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通説としては、お守りのご利益は一年です。なので一年過ぎたら去年のお守りは返納して、新たなお守りを頂くのが正しい作法なのでしょう。

去年頂いたお守りのご利益を感謝するとともに返納し、またお賽銭を収めてお守りを頂戴するわけですね。

特に異論はありません。というか進んでそのしきたりに従いたいと思います。お守りを手放す気持ちになれればですが…

ここでその理由を話す前に、少しだけ脱線させて下さい。お守りに関わる言葉遣いを押えておく必要があると思うのです。

まず、お守りは頂く・返納すると表現するのがそれこそ作法です。

買うとか処分とかの表現を用いると、信心深い方は怒り心頭に発するかもしれませんし、何より日本語としての美しさがありません。

現代においては普通に買うとか捨てるとか処分するなんて言ってる人が多数ですが、神様も仏様も敬うべき方々ですし、当然使われる言葉も美しくなくてはいけないと思うのです。

私は決して信心深い方ではありませんが、出来ることならば、神仏を敬う心や美しい言葉は日本人として後世に伝え続けたいものです。

はい、少しだけ語ってしまいましたが、初詣とお守りが今回の記事のテーマですからご容赦下さい。

では、お守りを手放したくない理由についてです。

まぁ、最初に言ってしまってることなんですが、お守りって肌身離さず一生付き合うものだと思っているので、愛着が湧いてしまうんですね。

「ご利益は一年限りだから!」なんて言われたところで、返納したその瞬間に悪しきものが群れをなして襲い掛かってくるような気がして…^^;。

なので個人的には、「ご利益が一年なのは分かりました。ならばこのお守りにもう一年ご利益を授けてくれませんか?」ってお願いしたいのです。

無論、神社やお寺の方たちにとって見れば手間暇のかかることでしょうが、私と同様の思いを持っている人ってたくさんいる気がするのです。

そのお守りが、願いを叶えてくれてたりしたらひとしおですよね。

「願いを叶えてくれてありがと。今度は別のお守りさんにお願いするね。バイビー」

なんて出来ます?私には出来ません。仮に願掛けのお守りではないとしたところで、一年無事に過ごせてお参りできている事がご利益だと思いますから。

事実、私には20年以上共に過ごしたお守りがありました。あまりにもボロボロになってしまったので、申し訳なくて返納しましたが、その20年の間常に一緒でしたし心の支えでもありました。

ご利益がなくなって難を受けることもなく、それどころか返納してから運が離れていってしまった気がしたものです。(事実と照らしあわせて)

でもそれは私個人の話であって、何十年もお守りを持ち続けることをお勧めするわけではありません。

一年ごとの節目と考えるならば、去年のお守りを返納して、新たにお守りを頂くのがベストだと思います。

初詣でお守りを返納出来るのは頂いたお社のみ?

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毎年同じ神社やお寺へ初詣に行き、都度お守りを頂いているのなら、そこで去年のお守りを返納すればいいですよね。頂戴したところでお焚き上げしてもらえます。

でも例えば、去年と違うところへお参りに行きたかったらどうしたらいいでしょうか?その神社やお寺にもよりますが、基本的にはどこで頂いたものであれ、返納を受け付けてくれます。

ただし、神社で頂いたものならば神社へ、お寺で頂いたものならばお寺へが絶対的な決まり事です。神様を祀るのが神社ですし、仏様を祀るのがお寺ですから、そこを勘違いしてしまうととても失礼にあたります。

ただそうは言っても、「やっぱり頂いたところへお納めしたい」って気持ちもあると思うんですね。そんな時には、直接電話なりメールなりで確認するのが一番です。郵送でのお納めを受け付けてくれるところもたくさんありますし、初詣期間を過ぎてもお納めを受け付けていることろもあります。

個人的には、こだわる必要は無いと思っています。日本は八百万の神の国。そんな中、絶対に元の場所に納めろなんて言うでしょうか?まぁ、日本神話を信じるとするならば人間味溢れる神様が多いので、もしかしたら怒る神様もいるかもしれませんけど^^;。

結局のところ、お納めも心次第だと思います。私は特にこだわったことはありません。感謝の気持ちとともにお納めするのが大切かなと。どんど焼きでお焚き上げしたこともありました。もちろん、どんど焼き絡みの御札ですけど。

では、私の経験から導き出した結論です。

神社なら神社へお納めし、お寺ならお寺へお納めする。この原則さえ違えず、感謝の気持ちを添えるならば、頂いたところと別の場所でお納めしても全く問題ありません。

まとめ

日本人ってお守りが大好きですよね。初詣で頂くするのはある意味当然としても、年がら年中行く先々で頂いている気がします。しかも自分のお守りだけではなく、家族へとか友人へとかいくつも。

これってやっぱり、八百万の神の民族性なのでしょうか。たくさんの神様と触れ合いたいみたいな。そう言えば、お守りを持ちすぎると神様が喧嘩するなんて事も耳にしますよね。

一見、「なるほど、そういうものかもしれないな」って納得しがちですが、八百万の神ならみんな揃って酒盛りしてしてる気がしてしまいます。

天照大御神が天岩戸に隠れていなくても(笑)。

お守りって素敵ですよね^^v。

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