喪中の正月の過ごし方は?年越しそばはOKでおせちはNGなの?

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喪中なんて一生の内にそう何度もあるものではありませんから、いざその立場にたたされると、お正月をどう過ごすべきか悩んでしまいます。

昔は厳しいしきたりのようなものもあったようですが、現代においてはそこまで気にする必要はありません。もちろん、周りの親族にそういうことを極端に気にする人がいなければですが…^^;

要は自分の気持ちですので、余り外野の意見は聞き入れないないほうがベストだと思います。しがらみがあってなかなか意見を通すことが難しいケースもあるでしょうが、自分が故人を思う気持ちを最優先することが、まさに喪に服することではないでしょうか。

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喪中の正月の過ごし方は?

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一般的な喪中の過ごし方は、おめでたいことを慎むとされています。しめ縄とか門松といった正月飾りをしたり、おせちやお雑煮で新年を祝ったり、初詣に行ったりですね。

ただ、その慎むという行動の背景には、身内の不幸がとても悲しくてとてもお祝いする気にはならないという気持ちがあります。まず、この気持ありきだと思います。

なお、忌中と喪中が混同されている場合がありますので、ここで軽く触れておきたいと思います。
忌中とは不幸があったときから49日間です。(仏式の場合、神式なら50日間)
喪中とは不幸があったときから1年間です。

忌中は神道において汚れた期間とされていますから、自分の考え云々以前に、お祝い事はすべて慎むべきとされており、その忌中が過ぎて後、故人を偲んで慎ましく生活を送る期間が喪中となります。

ここでポイントとなるのが故人を偲ぶ気持ちだと思うのです。例えば、故人がとってもお笑い番組が大好きでいつも大笑いしていたなら、その番組を見ながら大笑いするのは故人を偲んでいることにならないでしょうか?

例えば、故人はお雑煮が大好きでずっとお正月が来るのを指折り数えて待っていたとしたら、お正月にお雑煮を食べるのは供養にならないでしょうか?

もちろん、正解は無いと思いますし、とんでもない話だと激怒する人もいるかもしれません。

でも、私はそれこそが最高の喪中の過ごし方だと思うのです。
喪中だからとしんみりと暗い顔をして過ごすよりも、よほど供養になると思いませんか?

喪中の正月に年越しそばは食べてもいいの?

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たとえ喪中であったとしても、年越しそば食べても問題ありません

そもそも年越しそばは、これまでの苦労や災いを断ち切るとか、金運にあやかりたいと言う気持ちのこもった縁起物であって、お祝い事ではありません。ですから喪中であっても気にすることは無いんです。

ただ、お正月前に食べるものとしてどうしてもお祝い事のようで気になる場合は、年越しうどんにするとか年明けうどんにするとかでもいいんじゃないでしょうか。

過去記事で、「年越しそばの由来とか、なぜ年明けうどんなのか」について取り上げてますので、よかったらご覧ください。

喪中でも大丈夫かどうかの判断は、普段行うことかどうかを基準にするのも一つの方法かなと思います。

おそばなんていつでも食べますよね?別に特別な食べ物ではありません。それどころか、少し貧相な食べ物の印象があるのは私だけでしょうか?

冗談はともかくとして、喪中だからどうこうではなく、故人を偲んでいる自分がその行為を是とするのか非とするのかが基準だと思います。

ただし、やはり社会に生きている以上他人の目がありますので、あまりにも華美に映るようなことは避けるのが無難でしょう^^;。

喪中の正月におせちはダメ?

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お正月のおせちは元々、神様へのお供え物でした。その意味からするならば、忌中であれば食べるのを控えるべきです。

では、喪中ならばおせちを食べてもいいのでしょうか?忌中を過ぎているならば、神様へのお供え物という意味では問題ないと思います。

ただ、そんな由来といまのおせちの意味合いは異なっています。現代においては綺麗に盛り付けされたお祝い事の食べ物といえるのではないでしょうか?

喪中にはお祝い事を慎むという観点からするならば、やはりおせちは食べるべきではないと思われますが、個人的にはそこまで制限する必要はないのではと…

お正月におせちも食べずにしんみりと過ごしていたら、故人も寂しく感じると思うのです。もちろん、これは残されたものの勝手な解釈かもしれませんが、食べないことも自己満足にしか過ぎない気がします。

実は私はおじいさんっ子で、祖父が亡くなったときにはとても悲しくて、喪に服するため1年間肉類を口にしませんでした。その行為そのものは誇らしいものだと思っていますが、食べ物を制限なんてせずに、祖父を思い出しながら祖父の好きなものを心ゆくまで食べる供養の仕方もあったのだろうなと感じています。

話が横道にそれてしまいましたが、喪中であってもおせちを食べていいじゃないですか。
ただ、前の章の結びでも申し上げたとおり、他人の目がありますから友達をたくさん呼んで豪勢なおせちを振る舞うなんていうのは無しです。

故人の写真と差し向かいで、しっとりとおせちを楽しみましょう

まとめ

喪中のマナーとか、喪中にしてはいけないこととか、喪中のしきたりとか、いざその立場に立って分からないことを調べようとするといろんな情報が溢れかえっています。

でも、そんなマニュアル形式の答えにすがりついてもなんら得るものは無いというのが私の本心です。

この記事内で幾度となく繰り返したように、要は故人を偲ぶ気持ちが、その行いを是とするのか非とするのかだけだと思うのです。

その結果に対して、あれこれ口出しする人がもし現れたなら、絶対に負けない気概は持っていたいものです。
自分の中の故人との繋がりを守るためにも。

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